大利根砂利線の”専用者”砂利業者の「東武興業株式会社」 2025.12.21 大利根砂利線 大利根砂利線と見られる、羽生駅所管の専用線の契約相手方(専用者)は専用線一覧表によると「東武興業株式会社」となっています。また、昭和32年版及び昭和36年版では”第三者使用”が「東武砂利協同組合」となっていますが、これについてはまた別に取り上げたいと思います。国会答弁でその存在を知る
大利根砂利線の起点を推測する 2025.11.30 大利根砂利線 大利根砂利線の謎の一つがその「作業キロ」です「トワイライトゾーンMANUAL」に掲載された「専用線一覧表」に書かれた、間違いなく大利根砂利線と考えられる羽生駅所管の専用側線の概要は抜粋すると下記のようになります。所管駅契約相手方作業キロ種別昭和26年羽生東武興業(株)1.6側線昭和32年羽
撤去された歴史的な標識 2025.09.14 道路の部屋 羽生北小学校前歩道橋は、埼玉県羽生市中央四丁目の北の方にあります。昭和42年10月頃完成しています。羽生で初めての横断歩道橋だったようです。羽生市立羽生北小学校は、この歩道橋が設置された当時は「羽生小学校」でした。ですから当初は「羽生小学校前歩道橋」だったと思わ
大利根砂利線(東武伊勢崎線 羽生駅~利根川橋梁間)ステップ図Ver.1 2025.03.23 大利根砂利線 パワーポイントを使って、現在調査を進めている「大利根砂利線」にまつわる羽生駅から利根川橋梁の間の変遷について、”ステップ図”を作成してみました。まだまだ試作段階と言えますがこれを元に更新し、今後動画としてもアニメーション動作やナレーションを入れる等に挑戦してバージョンアップしていこうと思っておりま
廃止された秩父鉄道羽生No.11踏切についての考察 2025.01.15 羽生市内の踏切 2020年7月15日に廃止された秩父鉄道羽生No.11踏切について考察してみたいと思います。羽生No.11踏切の概要秩父鉄道羽生No.11踏切は、西羽生駅を熊谷方面に向かって、2番目にあった踏切です。秩父鉄道の場合、起点側の駅から順番に駅名の後に番号が付く形になっていますので、本当
大利根砂利線とは 2024.08.26 大利根砂利線 大利根砂利線とは、「東武鉄道百年史資料編」P203に記載されている、東武鉄道の伊勢崎線、羽生駅から利根川の間にかつてあったとされる貨物線です。↓こんな感じで書かれています。Wikipediaの「東武鉄道」にも『貨物線 大利根砂利線:羽生駅 - 利根川右岸駅
放置された岩瀬村の道路元標 2024.07.10 道路の部屋 「道路元標」とは、Wikipediaによると、大正8年に制定された旧道路法に基づいて、各市町村に道路の起終点の位置を表すものとして設置されていたものです。昭和27年の新たな道路法によって、その存在意義がなくなってしまい、消えてしまったものも多いようです。そのような状況ですが、やはりその存在を調査し
羽生のおばけトンネルとは 2024.07.06 おばけトンネル ・埼玉県羽生市に存在する、明治時代にレンガで作られた東武伊勢崎線の下にあるトンネル・「お墓のそばにあるから”おばけトンネル”」ってあまりにも安易では?・もう一つあった?!おばけトンネル・考察1:「おばけトンネル」という名前の定着について・考察2:トンネルや橋脚に使われた
大利根砂利線の研究 2024.07.06 大利根砂利線 大利根砂利線の研究・ 謎が多い大利根砂利線・ 専用線一覧では「専用者:東武興業株式会社、第三者使用:東武砂利協同組合」・ 国会答弁がきっかけでその経営者を知る・ 大利根砂利線に関わる会社の経営者は砂利業界の重鎮が名を連ねている・ これまた謎の多い「東武興業株式会社」とその末
羽生市内の踏切 2024.07.06 羽生市内の踏切 秩父鉄道 羽生No11踏切・ 羽生市内には東武・秩父合わせて37か所の踏切が存在。・ 東武伊勢崎線の羽生市内踏切は「伊238号」から「伊274号」まで37か所だったと推定され、そのうち17か所(令和5年度までに伊第244号踏切が廃止され、18か所から1か所減り17か所になり