大利根砂利線 廃止年月の謎 2026.05.04 大利根砂利線 当HPの記事「大利根砂利線とは」で触れたように、大利根砂利線の廃止年月は「東武鉄道百年史」では「昭和37年9月廃止」と記述されていますが、羽生市立図書館にある「ステーションはにゅう」(1999年 羽生駅友の会)という資料には「昭和39年7月1日 利根川からの砂取り業務廃止」と書かれていて、そこに約
ややこしい東武の砂利業者 2026.02.14 大利根砂利線 大利根砂利線を巡って砂利業者を調べようとすると、東武興業株式会社だけではなく、似たような名前でちょっと混乱してしまうことがありました。この記事ではそのさわりをご紹介したいと思います。東武に関係する砂利業者の一覧表(ほんの一部)ざっとまとめると上記のような図になります。組合関
なぜ「大利根砂利線」なのか、を考えてみる 2026.02.08 大利根砂利線 前にも書いたように「大利根砂利線」という路線名は東武鉄道百年史のみに掲載され、それ以前には東武鉄道の歴史に登場してこなかったようですが、ではなぜ百年史にのみ掲載されたのか、そしてなぜこの路線名なのか。この東武鉄道百年史も1998年(平成10年)に発行されて現時点(2026年)では既に四半世紀以上た
大利根砂利線の”専用者”砂利業者の「東武興業株式会社」 2025.12.21 大利根砂利線 大利根砂利線と見られる、羽生駅所管の専用線の契約相手方(専用者)は専用線一覧表によると「東武興業株式会社」となっています。また、昭和32年版及び昭和36年版では”第三者使用”が「東武砂利協同組合」となっていますが、これについてはまた別に取り上げたいと思います。国会答弁でその存在を知る
大利根砂利線の起点を推測する 2025.11.30 大利根砂利線 大利根砂利線の謎の一つがその「作業キロ」です「トワイライトゾーンMANUAL」に掲載された「専用線一覧表」に書かれた、間違いなく大利根砂利線と考えられる羽生駅所管の専用側線の概要は抜粋すると下記のようになります。所管駅契約相手方作業キロ種別昭和26年羽生東武興業(株)1.6側線昭和32年羽
羽生のおばけトンネル(WordPress版) 2025.11.30 おばけトンネル 羽生のおばけトンネルとは↑おばけトンネルの正式名称は不明である(東側から)↑位置図(地理院地図)・おばけトンネルとは、埼玉県羽生市本川俣の東武伊勢崎線が群馬方面に渡る利根川橋梁に向かう途中に存在する、煉瓦造りの小さなトンネルです。・明治、昭和、平成と橋梁の新設・
撤去された歴史的な標識 2025.09.14 道路の部屋 羽生北小学校前歩道橋は、埼玉県羽生市中央四丁目の北の方にあります。昭和42年10月頃完成しています。羽生で初めての横断歩道橋だったようです。羽生市立羽生北小学校は、この歩道橋が設置された当時は「羽生小学校」でした。ですから当初は「羽生小学校前歩道橋」だったと思わ
大利根砂利線(東武伊勢崎線 羽生駅~利根川橋梁間)ステップ図Ver.1 2025.03.23 大利根砂利線 パワーポイントを使って、現在調査を進めている「大利根砂利線」にまつわる羽生駅から利根川橋梁の間の変遷について、”ステップ図”を作成してみました。まだまだ試作段階と言えますがこれを元に更新し、今後動画としてもアニメーション動作やナレーションを入れる等に挑戦してバージョンアップしていこうと思っておりま
廃止された秩父鉄道羽生No.11踏切についての考察 2025.01.15 羽生市内の踏切 2020年7月15日に廃止された秩父鉄道羽生No.11踏切について考察してみたいと思います。羽生No.11踏切の概要秩父鉄道羽生No.11踏切は、西羽生駅を熊谷方面に向かって、2番目にあった踏切です。秩父鉄道の場合、起点側の駅から順番に駅名の後に番号が付く形になっていますので、本当
廃止されていた東武伊勢崎線「伊第244号踏切道」 2024.09.23 羽生市内の踏切 東武伊勢崎線には「伊第〇〇〇号踏切道」という番号が起点側から順番につけられていて、廃止された踏切は欠番となり、基本的に番号は固定となっています。羽生市内においては、加須市との境にあったと思われる「伊第238号踏切道」から、利根川の堤防上にあったと思われる「伊第274号踏切道」まで、37か所存在して